不便で、手間もお金もかかるからこそ味わうことのできる「幸福」について【沼田和也】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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不便で、手間もお金もかかるからこそ味わうことのできる「幸福」について【沼田和也】

『牧師、閉鎖病棟に入る。』著者・小さな教会の牧師の知恵 第17回

 わたしはキリスト教徒なので、死後の世界というものを信じている。信じているのに、じゃあどういう来世なのかと問われても、じつはなにも答えることができない。もしも来世が「完璧な」世界なのであれば、散髪などという「無駄な」作業も必要なくなってしまうのだろうか。そうだとすると、散髪のささやかな幸せはどうなってしまうのか。理髪師の息遣い、ショキショキとした鋏さばき、彼との何気ない会話は二度と味わうことができないのか。

 不便で、手間もお金もかかるからこそ味わうことのできる幸福というものが、確かにあるとわたしは思っているのだが、そういう不便さやお金がかかるという事実は、天国においては無駄で罪深いことになってしまうのだろうか。

 まだ若かった頃、ロックが大好きな友人と商店街を歩いているときに、彼がこう言ったのだ。「おれは天国には行きたくないな。まじめで退屈な場所やろ? 『天国はないと想像してみろ』と歌ったジョン・レノンもいないし、悪魔や地獄を美しく語る澁澤龍彦もおらんやろ? そいつらみんな地獄におるんやったら、おれはそいつらと会える地獄に行きたいな」。もしも天国が結婚式場の白いチャペルみたいな場所だったら、二、三日も経たずに飽きてしまうだろうと考えたわたしは、ただ彼の話に頷くしかなかった。

 天国に想いを馳せつつ、しかしそこがどんな場所なのかは、決して知ることはできないということだけを知っている。天国とかあの世とか言われる場所は、あの理髪師が板に彫ろうとしていた仏のようなものなのかもしれない。ある日店に行くと、あの板はいつの間にか片づけられていた。たしは彼に、板をどうしたのか尋ねる勇気が出なかった。「ああ、あれ? 棄てたよ」と答えられることが怖かったのだ。だが、板の行方がどうなったにせよ、かつて彼が板から仏を彫り出そうとしていたことは事実である。わたしにとっての天国も、今のわたしにはぶ厚い板のなかに隠されている。それは彫り出されるのを待っているのだ。生きることは、なにも見えない硬い板に向かって、ノミを突き立て続けるようなものである。

 あなたは今、なにに向かってノミを突き立てているだろうか。彫りだすものの姿を、あなたはすでにイメージできているだろうか。それともあなたは、おのが腕の導くままに彫り、跳ね返ってくる木くずに目を細めながら、やがて姿を顕してくるものに驚嘆するだろうか。

 

‘求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。 ‘マタイによる福音書 7:7

 

文:沼田和也

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沼田和也

ぬまた かずや

牧師・著述家

日本基督教団 牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。ツイッターは@numatakazuya)

 

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